次世代X線ダイナミクス計測技術分野におけるハイスピードカメラの活用

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東京大学大学院 新領域創成科学研究科 物質系専攻 様

ハイスピードカメラ FASTCAM シリーズをご活用頂いている、東京大学大学院 新領域創成科学研究科 物質系専攻 佐々木裕次 教授にインタビューした「次世代X線ダイナミクス計測技術分野におけるハイスピードカメラの活用」をご紹介します。

目次

X線1分子研究の第一人者として、これまでに画期的な計測技術を開発してきた東京大学大学院 新領域創成科学研究科 物質系専攻の佐々木裕次 教授。先生が提唱する「次世代X線ダイナミクス計測技術」は、アルツハイマー病の予防をはじめとする予防医学や高度な医療技術、サプリメントや化粧品の開発など、多様な産業分野への応用が期待されています。先生にこれまでの研究について詳しく伺いました。

世界初のX線技術「次世代X線ダイナミクス計測技術」で分子の動態を捉える

全ての分子は「運動」しています。人間の体は、食物を消化してエネルギーに変えたり、体内に侵入してきた病原菌と戦ったり、人間社会がさまざまな職業の人たちで成立しているように、多種多様な無数のタンパク質が「精密機械」として、適切な位置で適切に働くことで生命活動が成り立っています。

その生体分子の挙動を一つの分子ごとのレベルで理解することを目指す「1分子計測法」という計測手法があります。私が表面科学のダイナミクス研究を始めた当時、「可視光で見えないものはない」というのが科学界の常識で「1分子計測法」も可視光で行っていました。しかし、X線を使えば肉眼で捉える可視光よりも1分子計測を高精度に行えると考えたのが、計測技術開発の原点でした。

金にX線を当ててタンパク質の動きを予測

可視光の1分子計測法では、タンパク質に蛍光体という光を入れ、発光している動態を測定します。一方、X線の波長は短いため、電子と電子の間をすり抜けますが、原子核の周りにあるさらに小さい電子には当たって跳ね返ったり、散乱したりします。この現象を利用して、電子密度が高いナノサイズの金の結晶でラベルし、X線が電子に当たって進む方向を変える「回析」(Diffraction)パターンを観察することで、どのようにタンパク質が動いたかを確認できます。1998年に兵庫県にある世界最高性能の大型放射光施設SPring-8の高精度なX線設備を使って1つの分子の動きをリアルタイムで測定できる「X線1分子追跡法」(DXT: Diffracted X-ray Tracking)を開発しました。

新型コロナウイルスの1分子計測(DXT)

2018年には単色X線を利用し、世界初となる、実験室レベルのX線装置で1分子の内部運動を高精度に捉えられる「回折X線ブリンキング法」(DXB:Diffracted X-ray Blinking、以下 DXB法)という手法を開発しました。SPring-8の高精度なX線装置はエネルギー幅が広いため、分子の動きを追いかける(Tracki ng)ことができますが、実験室のX線装置はエネルギー幅の狭い単色光のため、狭い隙間から瞬き(Blinking)の間の動きを観測するというのが肝です。SPring-8の放射光の輝度は実験室の装置の10億倍なので、実験室で見えるものは限られますが、動きの方向性と速度は知ることができ、予備的な実験としては十分役立ちます。

Spring-8内のビームライン(BL40XU)に接続されたFASTCAM Nova

ハイスピードカメラでタンパク質の分子内運動を可視化する

フォトロンのハイスピードカメラは、SPring-8にある最高輝度のX線設備や、実験室の装置に接続させて1990年代から機種を違えて使用してきました。X線を可視光に変換し、100マイクロ秒単位で検出できたのは当時フォトロンのみでした。計測時にはカメラを24時間稼働させる必要がありますが、加熱して止まってしまうメーカーの製品もあるなか、高出力の冷却ファンを備え、安定して測定できることが決め手でした。

DXB法は、生体分子だけでなく、無機・有機材料をはじめ、複合材料の分子に対しても有効で、これまでにフォトロンのハイスピードカメラを使ってコロナウィルスをはじめ、髪の毛、アルツハイマー病患者のタンパク質の動態、古材の分子動態などを測定してきました。

脳内のタンパク質の動態を調べて認知症予防につなげる

高齢化社会でアルツハイマー型認知症患者が増えています。認知症の原因として、加齢に伴ってアミロイドβなどのタンパク質が凝集して脳内のネットワークが破壊され、認知に関連する大脳機能が低下することが挙げられています。そこで、当研究室ではアルツハイマー型認知症の患者さんの血清からアミロイドβを抽出してDXB法で凝集の動態を観察。その結果、軽症患者はアミロイドβがある程度幅を持って運動しているのに対し、重症患者は凝集してまったく運動していないことがわかりました。アルツハイマー型認知症の完治は難しく、強い薬は投与できないのが実状ですが、認知症になる可能性が高い場合に前もってサプリメントや予防薬を投与し、発症を遅らせることが期待できます。レントゲンのX線装置を使えば可能なので、将来的にはコロナの検査キットのように気軽に認知症予防ができる時代が来るかもしれません。

髪の毛の動態観察の知見を予防医学、医薬品の開発に役立てる

髪の毛のタンパク質の動きを調べることでも認知症の早期発見につなげられないか、検証を行っています。髪の毛はX線で見事な回析が出ることから、過去にも国内外問わず、多くの研究者が注目してきました。1980年代にはキューティクルで糖尿病やガンがわかるという議論が白熱したことがありましたが、個人差があるとの論文が出て以来、近年はすっかり下火になりました。私はタンパク質の異常な運動をしているのは高齢者や難病患者に多いとの仮説を立て、改めてⅩ線を使った観察を試みています。髪の毛は複雑な構造をしているので観察にはコツが要りますが、いま多くのデータを取りまとめているところです。水分の浸透で髪の毛のタンパク質の動態が変わるエビデンスを活かし、ヘアケア製品や化粧品、サプリメントの開発などへの応用が待たれます。

新型コロナ変異株の自己崩壊説を検証。木材のナノレベルの運動計測にも着手

コロナ禍で新型コロナウィルスの変異株がどう派生し、力をなくしていくのか、そのメカニズムを研究していました。ウィルスは中のタンパク質が活性化することで感染リスクが最大化しますが、ある程度活性化すると自己崩壊する性質を持っています。5つの変異株の分子の運動を研究し、その傾きをみることで変異体の勢いが落ちるタイミングを予測することができるようになりました。

最近になって文化財保存にも興味を持ち、古材の研究にも着手したところです。京都大学の協力を得て、500年前の古材を入手し、現代の木材と分子動態を比較してみたところ、古材はまるで運動しておらず、動態が全く異なることがわかりました。天然の古材の構造は複雑で非常に興味深く、1000年前の古材ではどうか、中の水分がどういう分散状態で維持されてきたのか、水の構造についても調べてみたいと考えています。もっとも、水の動態構造は現状では世界最速のX線装置でも捉えることは難しく、新たに計測法を考える必要がありそうです。古材研究は最終的には、世界的な文化財保存という俯瞰した視点で考えており、東洋木造に対する西洋石造の修復概念の対比を原子/分子レベルで議論できるように、古材だけではなく古石材の比較評価も進めたいです。東西の文化財保存科学の融合ができる新規計測の確立を目指したいと意気込んでいます。

全ての分子は「運動」しており、その「運動」を 1分子レベルで高速高精度測定しているのは世界でも当研究室だけです。今後も日々フォトロンのハイスピードカメラとAI解析を駆使し、未知なる微細な分子の内部運動を計測できる全く新しい方法論の提案を通じて、多様な産業分野の幅広い領域に貢献していきたいですね。

インタビュー・画像提供:
東京大学大学院 佐々木 裕次 教授

東京大学大学院 佐々木 裕次 教授

1991年 東北大学大学院工学系研究科博士課程修了(工学博士)。
日立製作所 基礎研究所 福原研究G研究員、大阪大学 蛋白質研究所 蛋白質機能評価研究部門 客員教授などを経て2008年から現職。新著に「東京大学集中講義 先端量子プローブ計測入門: 生命科学から物質科学までを可視化する」(丸善出版)。


※ この記事は2025年9月取材時の情報です


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